At Home works

赤ちゃんがやってきた

2013年に第一子を妊娠してから、母親としての自分の身体や心境、家族のあり方など、様々な変化に寄り添う日々を綴る林彩子のコラム

その20 10ヶ月 

お友達の赤ちゃんが生まれた。
陣痛がはじまった、という
知らせをみて一人でソワソワして
もう生まれたか、まだなのかと、
彼女の旦那かというような
落ち着かない時間を過ごした。

生まれる前から何度も会ってたから
生まれてきた彼に会うのが待ち遠しくて
疲れてるかなと思ったけれど
三日後に病院に行かせてもらった。

お腹のなかでスクスク育ってたから、
でてきた姿も立派できれいで
本当に愛らしくて感動。
小さな手も小さな足もよく出来ていて可愛い。
起きる時ううーん、と両手足を伸ばしてのびをして、
ああユパさまもよくこれするなあと思う。

こんな風に
もうすこしで出てくるのかと思うとなんだか感無量。

赤ちゃんを生むときれいになるってよく聞いていたけど、
本当にその通りで
彼女は透き通って優しくて強くて、
とてもきれいになっていて
それも感動的だった。

「ハチ、生まれたよ!!!」

と大阪にいるとまそんに写真を送ったら

びびった!!
生まれたのかと思った!!

との返信

その19 10ヶ月 

ユパさまは幸せだなあと思う。
会う人みなに、

わあ!大きくなったね!
ユパさまー

と話しかけて貰えるから。

じっと聴いていたり、
ごりんごりん反応したり、
お腹の中では喜怒哀楽が激しい。

臨月に入ると
もういかにも臨戦態勢に入った感があり、
いつにしようか思案中という風情になってきた。
胎動もますます激しく、
ときどきバチン!とかブチン!とか
そんな音がしてハラハラする。
肋骨に足をかけ、
飛びたす練習かと思うような日もある。
そんな時は
ちょっと痛いので落ち着いて下さい、
と懇願する。
何もしていなくても内臓が圧迫されて
大袈裟なため息がでてしまう。
夜も寝苦しくなってきて、
寝るのだけは得意中の得意の私でも熟睡できない。
圧迫感がすごいので、お腹の下に枕を入れて
横向きに寝るしかなく
とまそんが背中や腰をマッサージしてくれると
呼吸が楽になってよく眠れる。

今日から三日間出張だからね、
三日間いないからね、と
とまそんが朝から説得していて
お腹の中ではお臍から飛び出して
抱きつこうとしてるんじゃないかと思うほどの動きをしていて二人で笑う。

まるでロシアンルーレットみたいだなと思う。
いつどんなときに当たるのか、
どんな風にその日を迎えるのか。
臨月の妊婦さんは日々どんな気持ちで過ごしているのだろうか。

ユパさまと会えるのが楽しみなような、分離するのがさみしいような

そんな妊娠10ヶ月に入ったばかりの頃

その18 9ヶ月 

可愛いなあ。
可愛いねえ。

パンパンに膨れたまーるいお腹を
撫でながら二人で毎日言う。

俺きづいたんだけど、
やっぱり可愛いって姿形じゃないんだなあ。
ましてや仕草ですらないんだって
よく分かった。
可愛いってさ、
存在そのものが可愛いんだね。

本当にそうだ。

でも
俺やっぱり外見が可愛いとか
ほんと興味ないんだなって思うわー
としみじみ言われると
複雑な気分。

その17 9ヶ月 

ソファでうたた寝をしている。
そっと毛布を掛けられる。
気配を感じるけど
嬉しいからそのまま目を閉じている。
小さい声で
行ってきます、といって出ていくのに薄目をあけて、
行ってらっしゃい、と口の中でモゴモゴという。

お腹の中が、定期的にこくん、こくん、と揺れている。

この感じ、きっとしゃっくり。

ユパさましゃっくりしてるよ、可愛い!とメールしたら

何それ!!
初しゃっくり!
お祝いしなきゃー

と返信があって、なんだか泣きそうになる。

この人と結婚してよかったと
思う瞬間

その16 9ヶ月 

お腹の真ん中に薄茶色の縦線が浮き出てきた。

なんだそれ、である。

日に日に濃くなるそれを調べると、
どうも正中線、というらしい。

まことしやかに
人間の一番最初の細胞分裂の痕らしいですよ、
とか書いてある。

は?である。
は?なんだけど、
ふうーん、そうゆうこともあるかもしれませんねえ。
ともおもう。
自分の中で人間が育つ、という
摩訶不思議現象に日々向き合っていると、
こういった
は?ということが割とすんなりと
受け入れられるらしい。

妊娠中にできる、というその意味はなんだろう、
万が一帝王切開になった時にお医者さんが切る
ガイドラインかな。
みっこさんと、話したら
赤ちゃんにとってのここが中心、
というガイドラインかもよ、
じゃないとどこが上下左右かわからなくなっちゃうからかも、という。

赤ちゃんは常にちゃんと最終的には頭を下にして、でる準備を始める。
所謂、逆子というのは、
お母さんの子宮が反転しているようになっていて、
(もちろん目に見える形としてではなく)
だから赤ちゃんは正しく位置しているつもりなのに
逆子になっているのだと思う、という。

お母さんの身体を診て、
それが治れば赤ちゃんは正位置につくらしい。

赤ちゃんはちゃんと、
どうすればいいかを知っている。
私たちもそうやって産まれてきたんだなあ。
それってすごいことだなあ。

その15 8ヶ月 

例えば、好きな人ができたときに
今まで全く興味がなかったことに
俄然興味が湧いて、
色々調べたりやたら目に付くことってある。

赤ちゃんがくるというのは
それに近いかもしれない。

人ごとだった出来事に、
未知の世界に、
困惑しながらも頭の中はそのことでいっぱい。

相手に興味があるから、
あらゆる関連事項が急に目に付く。

今まで仕事一筋だった男性が
急にGoogleで「ボーネルンド」
とか検索してしまったりする。

街中にいかに赤ちゃんを連れている人がいるか、
ベビーカーや持ち物にも目がいく。
それはきっと昨日のテストで書けなかった漢字が
電車の中吊りや新聞でやたらと目に付くようなものだと思う。

自分が気づかなかっただけで
ずっとそこに存在していた世界。

マタニティ、赤ちゃんグッズなどを調べたりすると
その需要と供給の世界に初めて触れることになる。

そうやって、
今まで興味のなかった分野への興味がわくことで
自分の幅が広がることは、
かなり素敵なことだと思う。

それは恋の醍醐味と似ている。

その14 8ヶ月 

私はそんな風にお腹の中の赤ちゃんと
意思疎通出来なかったかも、
と言われる方がいる

これに関しては、
ほとんど私の思い込みだと思ってもいいとおもう。

高校生の時アメリカにホームステイする機会があり帰国したとき、
「それでね、キャリーがこう言ってね、
エミリがこう言ってね、」
と興奮して話す私に両親はびっくりして
それみんな聞き取れたの?と言ったけど
「そんな気がしただけ」

新婚旅行のハンガリーで、
やはりハンガリー人のご夫婦のところに
ホームステイさせて頂き、
世界三大難語のうち2つと謳われるハンガリー語と
日本語しかお互い話せないのに
最終日泣きながら抱き合って別れたのは言葉じゃない。

どんな関係であれ、
コミュニケーションは想像力と思い込みだとおもう。

相手の立場にたつこと。
感じることを想像すること。
相手に通じていると思い込むこと。
それを信じること。
そこに言葉なんて必要じゃない。

私達とユパ様との関係も
それだとおもっている。
通じあっていると信じてる。
そう思い込んでいるんだ。

その13 8ヶ月 

日々中の人を感じる母と違い、
父となる男性にとって
お腹の中にいる人に話しかけるというのは、
ある意味ぬいぐるみに話しかけるような
気恥ずかしさを感じるものだろうとおもう。

八ヶ月に入ると、
胎動は外から見ていてもわかるぐらいはっきりしてきて
まるでエイリアンが入っているかのように
グニグニ動き回るようになった。
以前のように微かなポコポコではなくて、
グリングリンやらボカンボカン、
というような胎動になり
声を掛けると反応するような気配もある。途端に
小さい人間が中にいるんだなあ、と実感できる様になる。

その辺りからとまそんは
ユパさまに話しかけることが多くなった。
いってきます、ただいま、
さらには自分の知っている話を聞かせる。
それは私にとっても豊かな時間で楽しみなひと時になる。
ユパさまも喜んでグリングリン動いているようだった。

あるとき、
じゃあ明日の夜もお話しようね、お休み、と言った翌夜
疲れて寝てしまいそうだったのをふと、
このまま寝てしまったら約束を破ることになるのでは、
と感じた。
短いお話でいいからしてほしい、とお願いして
とまそんがじゃあ寝る前に少しお話しようか、
とお腹に向かって言った時の反応は凄まじく、
それまで静かだったのにボコんボコんとノックしてきた。
二人で驚いて顔を見合わせ、

そうかやっぱり待っていたんだ約束したんだものね、と話しあった。

相手が大人でも子供でも、まだ生まれてきていない存在でも、
約束をしたなら果たさなければ。
その存在をみとめ、尊重しなくては。
見えないからいないのではなく、
きちんとこちらのことを見ているのだから。

それからとまそんは、より一層その存在を認めて、
話かけるのを躊躇わないようになった。

その12 7ヶ月 

病気をしてから
こちらの都合通りにものごとは
動かないことを痛感した。

いくら自然出産を望んでも
突然帝王切開になることもあるし、
無痛分娩って言ったのにめちゃくちゃ痛いじゃないかなにこれってこともある。

こうしたい、ああなりたい、
なんて思っても
いざとなったら中の人次第なのだ。

すると途端に肩の力が抜ける思いがした。
周りの友人からの情報が集まりだし
なかなか決まらなかった出産のための病院も
なんだかスラスラと決まりはじめた。

赤ちゃんは強い。
どんな状況であれ、
きっと乗り越えてくれる。
問題は母である私がどこなら安心できるか、
どんな環境を望むかなんだ。

すっかり萎えてしまった足腰の
リハビリをしながら、
仕事も少しずつ再開しはじめた
妊娠7ヶ月頃のお話

その11 5ヶ月 

11月の末のある日、
突然調子が悪くなった。

妊婦である、というのは
中の人の命を預かっている、ということだ。
もし不用意に強い薬をのんで、それが影響したら。
そう思うと病院に行くのも怖かった。

あまり食べられず、歩けず、
どんどん衰弱していきながらも
自分の体がどうなっているのか
感覚だけは鋭くなっていく。

みっこさんが毎日身体をみてくれて、
その度に体がギシギシ動くような感覚があった。
ゆっくりと一つ一つ原因を外していくような作業。
汗をたくさんかいて水分を取りまくり、
身体の中の水分が総とっかえされるような日々。

そうか、長年溜まった老廃物や添加物、
最近の原発の影響など
目には見えない汚れたものを
今、赤ちゃんのために全て入れ替えているのかも、と感じる。

息ができないような時はとまそんが背中や腰に手を当ててくれると
途端に息ができるようになった。

そのうち身体が整うと、
体調もよくなるはずなのになかなか回復しない。
調べて行くうちに
これは腎盂腎炎という細菌が腎臓にはいってしまう病気ではないかと思い、
これ以上自力では回復が見込めないと判断し
病院に行った。

そのまま入院となるも、
お医者さんには決して
もっと早く来てくれれば、とは言われなかった。
妊婦さんの気持ちを思えば病院に来たくないのは当然ですが、大変でしたね
という言い方にずいぶん救われた。

12月末に退院するまで、
自分の身体をみつめ続けた一ヶ月。

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登場人物
「私」

鎌倉在住の陶芸作家
初めての妊娠出産育児に新しい発見と面白みを見出す
家族とアシスタントさんに支えられながら育児と作陶を両立中 夫、義母、娘と四人暮らし


花紅(かこ)さん

2014年4月林家に誕生した女の子
心身共に健やかな人


ユパ様

腹の中にいたときの花紅さんの呼名


 
とまそん

夫 ミュージシャン
SheHerHerHersのベーシスト
鎌倉では「小川コータ&とまそん」としても活動中
嫁の仕事の影の立役者
哲学者のような深い洞察力で子育てを楽しむ


みっこさん

同居するお義母さん 野口整体指導者として毎日忙しく飛び回るが家ではキュートなお母さん兼、ばあば
「私」の憧れの女性


アシスタントさん

「私」のアトリエAt Home Worksに来てくれるアシスタントさん達
皆が積極的に子育てにも協力
アトリエではミルク、オムツ、寝かしつけ、作陶となんでもこなす。
チームAt Home Worksとして見事な連携プレーをみせる

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